沿革

17世紀に遡る歴史

Ch Lynch Moussasの歴史は1610年に遡ります。この頃のDomaine de Moussas-Bagesはジュアン家が所有していました。ジュアン家はワインのネゴシアンであるとともに複数のドメーヌを所有していました。1728年にDomaine de Moussas-Bagesはドルイヤール家に買い取られました。

1748年にLynchの登場

1748年、トマ・ランシュは、妻のエリザベス・ドゥルイヤールからこのドメーヌを相続するとChâteau Lynchと名付けました。1779年、ジャン-バティスト・ランシュがこのシャトーを相続すると、その管理を、彼の兄弟で当時騎士でありポーヤックの市長であったミシェル・ランシュに委ねました。ジャン・バティスト・ランシュは1808年にボルドー市の市長、1811年に帝政の伯爵、そして1815年に貴族院議員となった人物です。ジャン・バティスト・ランシュが1835年に亡くなるとChateau Lynchは2つに分割されました:Château Lynch-Moussas (Moussasとは分割された部分の土地の通称)およびLynch-Bages(Bagesとは分割された部分の土地の通称)はこのように誕生しました。この時、Château Lynch-Moussasだけが建物を継承しました。

1848年から1918年:
イスパニアオーナー時代にシャトーの格付け

1847年、Ch Lynch-Moussasはスペインのワインネゴシアンであるヴァスケ家に買収されました。1855年にChâteau Lynch-Moussasはメドックの5級に格付けされました。1855年のボルドーワインの公式格付けは、ナポレオン3世の依頼により実行され、ボルドー商工会議所により作成作業が進められて、パリの万国博覧会の折りに制定されました。この格付けでは左岸のワインのみが対象とされましたが、ソーテルヌの高級ワインChâteau d’Yquemおよびペサック・レオニャンのChâteau Haut Brionも加えられました。この格付けは今日でも高品質ワインの証しとなっています。

1919年、カステジャ家がCh Lynch-Moussasを買収

当時、ポーヤック格付け4級のCh Duhart-Milon、ポーヤック格付け2級のCh Pichon-Longueville Baron、ソーテルヌ およびバルサック格付け2級のCh Doisy-Védrinesのオーナーであった ジャン・カステジャが、1919年にCh Lynch-Moussasを買収したことにより、このシャトーはカステジャ家の資産の一つとなりました。この頃のシャトーは250ヘクタール以上の広大な敷地で、それは120ヘクタールのブドウ園と森林や牧草地で構成されていました。60年代末にジャン・カステジャの息子であったピエール、エミール、ジャンおよびエドゥアールはカステジャ家の資産を分割することを決めました。

1970年から2000年代:シャトーは頂点に

ボリ・ドゥニーズと結婚し、シャンタル・プレバン・ハンセンとフィリップ・カステジャの二児の父親となったエミール・カステジャは、1970年にこのシャトーの手綱を取り、その後数多くの改良工事を行いました。10ヘクタール以下に縮小されていたシャトーのぶどう園を全面植え替えるとともに60ヘクタールに拡大しました。シャトーの建物も近代化して輝きをもたせ、醸造所においても設備の改善を行いました。そしてついに、このシャトーはワインの品質をもって認められるようになりました。

2000年から今日に至るまで:
シャトーの近代化とセカンドワインの誕生

2000年代に入るとフィリップ・カステジャがこのシャトーを継承し、さらなる改良と近代化を図りました。とりわけ、ドゥニ・デュブルディューとそのスタッフの参加でシャトーは飛躍を遂げました。2001年にエミールおよびフィリップ・カステジャは、若木のブドウを利用して造ったChâteau Lynch-MoussasのセカンドワインLes Hauts de Lynch-Mousasを発売しました。

2019年6月19日、カステジャ家がこのシャトーを管理するようになって100年を記念して、このシャトーが2019年Fête de la Fleurの会場となりました。